語り部の話を聞く会

東日本大震災と門脇小学校、石巻について、より深く知っていただくために、語り部の話を聞くことができる会を定期開催します。

日にち

7月、8月、9月、11月、1月、3月に各1回、日曜日開催

時間

14:00~14:45(45分間)

場所

門脇小学校多目的学習室

定員

48名

料金

無料 ※別途、入館料が必要です。

予約

電話または受付カウンターで予約をお願いします。

​7月17日

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当時、門脇小学校校長​

鈴木洋子さん

 震災当時の避難の様子を実際の避難行動に沿ってお伝えします。門脇小学校が取り組んできた防災教育についてもお話しします。震災を経験して浮かび上がってきた課題や今後の防災教育の在り方についてもお聞きいただきたいと思います。

​8月21日

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当時、会社員

草島真人さん

当時、私は眼前に海が広がる石巻市南浜町に住んでいました。地震発生直後、市内の勤務先から車で自宅に戻り、一旦、門脇小学校に避難しました。再び車で自宅に戻る途中、津波が迫ってきましたが、間一髪で逃げ切りました。

①震災前に準備していた事と実際に行った事

②避難所での生活

③大震災を体験したことによる人生の変化について

普段の語り部では、上記3つをお話しています。

​9月18日

​11月20日

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当時、門脇小学校教頭​

佐藤裕一郎さん

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日和幼稚園遺族有志の会

佐藤美香さん

 2011年3月11日午後2時46分巨大地震発生。強くそして長く続く揺れの中、校舎は激しく軋み、子どもたちの悲鳴が校舎に響き渡る。その後、雪降りしきる中、校庭へ避難。余震が続き、誰もが不安に思う中、「津波警報」のサイレンが鳴り響く。高台への避難開始。

​ 教頭他数名の職員は、来校する保護者への連絡要員として門脇小に残る。保護者・避難住民等への対応中の午後3時40分頃、津波襲来。間一髪校舎内へ避難。ほっとする間もなく、校舎付近から大きな爆発音が次々と。そして、火の手が…。

 当時6才の娘が幼稚園管理下で亡くなりました。大津波警報、避難を促すメッセージが防災無線から流れる中で、日和山にあった日和幼稚園の園児たちは、乗るはずのなかった送迎用の幼稚園バスに乗せられ、海に近い平地に向かいました。その途中、津波と火災に巻き込まれて亡くなってしまったのです。

 安全であるはずの幼稚園があった高台から、なぜ沿岸部にバスは向かったのか、なぜ助かるはずの命が失われたのか。​こうした悲劇を繰り返さないために、あの日起きた出来事を話しています。

​1月22日

​3月19日

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​かどのわき町内会会長

本間英一さん

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​「がんばろう!石巻」の会 事務局長

黒澤健一さん

 日和山のふもとで避難待機中に津波の音が聞こえ、日和山に避難しました。当時の市立女子高(現桜坂高)に住民を誘導したことや、避難所の状況を説明します。

 内容は①夜半に火災のため、門脇中に移動した際の教室での事や翌日の教室の状況、山を下るまでの体験②日和山の裾に残った数軒の自宅避難に関して、みんなで力を合わせて生活した事など③震災当時の門脇地区の様子-などをお話します。

 津波に襲われ、九死に一生を得た体験をしています。震災から1カ月後の4月11日、自宅兼会社事務所のあった場所に、仲間と一緒にがれきの木材やベニヤ板で「がんばろう!石巻」と描いた看板を立てました。津波に負けたくない、地域の方々を励ましたいとの思いで造りました。その後、追悼の場になり、毎年「3.11追悼のつどい」を開催しています。現在は、次の犠牲を出させないための活動を行っています。

 当日は、自分の被災体験や看板を造った思い、これまでの活動などをご紹介します。

※日程や語り部については、新型コロナウイルスの状況や語り部の都合により変更となる場合があります。
​ 変更がある際は、随時当ウェブサイトやSNSでお知らせいたします。